「もう私はだめかもしれない」
裸足の彼女が言う。
泣かないって約束しただろう?
弱音を吐くなんて君じゃないだろう?
ねぇ。おかしいよ。
「明日ぐらいに死んでても構わない?」
おかしいよ。
君はそんなにも健康で、左目があって、美しいじゃないか。
なにを悲観しているんだい?
「それでも美しくなんかなれなかった」
ボクはどうしたらいいか分からなかった。
励ませばいいの?頷けばいいの?それとも、罵倒すればいいの?
ねぇ、お願い。
そんなの君じゃないよ。
「もしわたしが、美しかったなら」
「死のうとは思わなかったのかな」
やめてくれ。
雨が君を悲しくさせているの?
「もう帰ろうよ」
「いやだ」
「雨だよ」
「風邪くらいひいたっていいの」
水浸しの公園で、君はワンピース一枚でブランコに乗っている。
サンダルをどこで落としたんだい?
青色の傘は?お気に入りだったじゃないか。
それに、大事にしていた髪飾りだって失くしてしまっている。
君は今君じゃないよ。
でもボクはそれでも君を好きだと思った。
「昨日の今日からわたしは違うわたしなの」
「じゃぁ、今朝ボクが見た君は?」
「今朝のわたし」
「昨日おやすみを言った君は?」
「昨日おやすみを言ったわたし」
「昨日夕飯を作ってくれた君は?」
「昨日夕飯を作ったわたし」
「つまり君は変わっているんだね?」
君が風邪をひくことを心配しながらボクは慎重に言葉を選んだ。
まるで立てこもった殺人犯を説得する警察官のように。
まるで自信をなくした子供を励ます母親のように。
そして、愛する人を感傷から取り返すボクとして。
ボクは君に言う。
「だったらきっと今の君は今朝の君より美しいよ」
「わたしは自分がきらい、だいきらい」
「今の君は今朝の君よりずっとずっとすてきだ」
「わたしなんか死んでしまえばいいのに」
「だから明日の君は今日の君よりすてきになってる」
「あなただって死んでしまえばいいのに」
「君が死ぬときはボクも死んであげる、」
だからもう帰ろうよ。
「髪飾りを落としたの。気に入ってたのに」
「探してあげる」
「あの傘を飛ばしてしまったの」
「もっと素敵な傘をプレゼントするよ」
「サンダルを捨ててしまったの」
「ボクがおぶって帰るから」
「じゃぁ帰る」
ふわりとブランコから降りてきた。
どろどろの地面に素足をべしゃりとつく。
「ごめんなさい」
「なんで謝るの」
「なんでかな」
ボクの背中に乗った君はとても軽かった。
こんなに小さくなってたんだね。
帰ったらあったかいご飯を二人で食べよう。
「なんでかな、なんでかな・・。」
「泣かないで」
ちょっと首をひねって頭をくっつけた。
「傘持っててね」
「スマイル」
「なぁに」
「帰ったらご飯食べたい」
「そうしようね」
遠い国
(僕は偽善者にはなりきれなかった/060504)
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