行き場の無いクルシミカナシミ
  君に与えられれば
  よかったのに
         なぁ



 さよならと感傷は一瞬だった。
 がたん、がたん、線路の切れ目に車輪が落ちて一定間隔の胸を締め付ける音がした。
 俺はただ、あぁと、声を漏らす、それが精一杯だった。
 君はただ、何も、言わないで、くすんだ色のビニールの床を眺めていた。

   『掻き毟ってもどうしようもないと』

 俺はちらりと横目で、君のきれいな横顔を盗み見ていた。
 電車が何処へ向かうかなんて毛頭気にしない。

   『本当は最初から、知っていた。』

 流れるような風景。流れ、る、るるるる
 もうさっき見た景色なんか忘れてしまっていて。
 今は、ノスタルヂアの淡い色なんかしてる下らない栄えない街だ。

 「何処まで?」

 君の声がした。
 綿菓子よりも甘くて切ない、あとそれから、ちょっと苦い。

 「見えなくなるまで」

 俺の声は不確かだった。
 どこまでもファジー。曖昧の迷妄。

 「不安だわ」

 壊れてしまいそうなガラス細工。いやもう壊れたのかも。
 俺と君以外の乗客はいない。

 「不安じゃない」

 本当は俺も不安ではあった。
 君を連れてどこへ行けると言うんだろう。
 君はきっと僕の手を離れてしまうと解りきっていたのに。

 「でも、それもいいかも」

 君が笑った。
 世界が急に色を取り戻す。
 失っていた視覚が帰ってくる。

 「あなたといっしょだもの、ね」

 重ねた僕と君の手が、じんとあたたかくて、俺は君に見えないくらい僅かに涙を流した。
 幸せな今がもし胡蝶の夢ならば、胡蝶、その侭目を覚まさないで、その侭。
 (むしろその侭胡蝶が死んでしまえば楽なのにな。)

 馬鹿な俺を誰が笑う。胡蝶か。




 夜明け前のわずかに暗いそんな時間に俺は、白い天井をぼうっと眺めながら、
 きっと俺に生きる才能は無いのだと
『本当は最初から、知っていた。』
 













 (いつか何も見えなくなってしまうまで/060908)


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