ナカジは今とても苛々している。
原因は明白だった。
本来ならば自分の彼女である筈のに、なかなか会えないのだ。
は部活にバンドで、音楽が恋人のような生活なのだ。
2人きりになれるときは少なかった。
だからに会いにわざわざ喧しい軽音部に出向いているのだ。
「ナーカーズィイ何拗ねてんだよー」
タローが執拗に呼びかけるので関節技で黙らせてやった。
「いでぁでででぇ!!!ナカジ機嫌悪すぎ!!何かあったんだろぉお」
「何もねぇ。黙れムラジ」
「何何絡み??俺でよかったら相談にのるよー」
「お前じゃだめだからいらねぇ」
「ぁあああああッッツ!!!折れる折れる折れる!!!!!!」
ギチギチにタローを締め上げているナカジの頭をぱこんとスコアの束が打った。
「まぁたタローを苛める!!やめなさいよぅ」
「あーありがとぅ・!!ナカジ機嫌悪すぎだよ」
「ほどほどにしなよ!」
それだけ言って自分のドラムセットに戻ってしまった。
ナカジはぽかんとしてそれを見ていた。
それだけか。
本当には俺の彼女なんだろうか。
不安ばかりが先行する。
「忙しいんだなー」
「・・お前に何がわかるムラジタロウ」
「俺だったら攫うけどなー。」
「……そうか。」
ナカジは何かが吹っ切れたみたいで、ばっと立ち上がっての手首を掴んだ。
「・・な、何ナカジ」
「行くぞ。」
「へ、ぇ、どこへ?!!」
は訳も分からずナカジに引き摺られていく。
「ムラジ礼を言う。あとチャリ借りるぞ」
「どーいたしましてー・・ってチャリ?!!」
問い返したけれど、あとにはナカジの下駄の音しか残っていなかった。
「…どこ連れてくつもりよぅ」
「ちょっと黙ってろ」
軋む自転車の荷台にを乗せて。
寒風に逆らって前へ前へ進む。
はぎゅっとナカジの背中にしがみついている。
制服のスカートがぱたぱた風になびくので、そっちにも気を遣う。
「寒いよぅ」
「俺のマフラーでもしてろ」
「やた!ありがとー」
は嬉しそうにナカジのマフラーを外しにかかる。
しかしなかなか複雑な巻き方らしくなかなか取れない。
「んんんー?」
「何してんだよ」
「あ、こうか」
「ゲフゥッッ!!!ゃ、やめろ!!」
思い切りナカジを締め上げてしまい、ナカジの血色がざぁっと悪くなった。
「きゃーナカジ、大変だぁああ」
緩めようとすればするほどマフラーはきつくきつくナカジを締め付ける。
「ぅ゛ぇ、本気で死ぬ」
がしゃりと自転車が道端に倒れた。
ナカジはもたもたしながら何とかマフラーを外し、息荒く呼吸する。
「殺す気かっっ!!!」
「ごめんね、意外とむつかしかったんだ」
「ったく・・」
ナカジが自転車を起こした。
ふと見上げると、青い道路標識が目に入った。
柚岬海岸 →
「・・海?」
がぱたぱた砂埃のついたスカートを払いながら言う。
「行きたいか」
「うん!」
ナカジはまた、自転車をこぎ始めた。
細い道をぐるりと抜けると、潮の香りが鼻先を掠めた。
「こんな近くに海、あったんだ」
「みたいだな」
防波トンネルを抜けると、青い青い海が見えた。
ひらけた視界に風がわたる。
水平線の先で、赤く色づき始める日が落ちる。
「ぅわ・・ぁ」
瞳を輝かせてが強くナカジの背中を抱く。
「すごいすごい、海だぁ!!」
適当な、砂のないところへ自転車を停める。
はいちはやく砂浜へ駆け出した。
ナカジは下駄と足袋を脱いで自転車のカゴに突っ込んだ。
「寒いな」
「そう?全然気にしないよん」
「波に突っ込むなよ」
突っ込まないよ、言いかけたが砂の窪みにはまってよろけた。
ナカジは笑って、手を取って起こしてやった。
「言っただろ」
「むー」
「いいな、海」
珍しく感動しているようだ。
「てか、ナカジ」
「何だ」
「何で部活抜けさせたの」
そこは不満らしい。
「…お前と2人になりたかったんだよ」
「だったら言ってくれれば時間あけたのに」
「……俺のこと、忘れてんじゃねぇかって思って」
言いにくそうに淀んで呟いた。
は、意外にも笑い出した。
「何だよ」
「なんだぁ、そんなことだったんだね」
「うるせぇな。俺にとっては重大なことなんだよ・!」
「ナカジが何か怒ってると思ってたら、そんなことだったのかぁ」
は背伸びして手を伸ばしてナカジの頭を撫でた。
ナカジは嫌そうな顔をしたが、振り払うことはなかった。
「忘れるわけないじゃん、あたしはナカジにすっごい惚れてるんだから」
「・・。」
「大好きだよナカジ」
笑った。
波の音が遠くでしている。
ナカジは安心したような顔をして、ぎゅっとを抱き締めた。
「俺も惚れてる」
言ってから、口付けた。
真っ赤な日が沈んでいった。
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たまに海が恋しくなるんです
051218
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