珍しく六に連れられて散歩にゆく。
 雨なんか降るわけないのに(だってこんなに晴れているのよ)、真っ赤な傘なんか持っていく。
 ぐだぐだ歩いていく。
 暑いし。どうにもこうにも。

 「もう帰る」

 「ここまで来て帰るのかよ」

 六だって汗だくになってさ、上半身裸で歩いてるし。
 おまわりさんがやってきてわいせつ罪とかで逮捕してくれたらわたし家に帰れるかも。

 「暑いー暑いー」

 六に手掴まれてるからダッシュで逃走もできないし。する気も起きないし。
 てか六の手熱いから困るんだよ。
 生きてます主張激しいから。
 あああああ。あつい。

 「くらくらする」

 「倒れたら背負って帰ってやるよ」

 「ばかーばかー」

 あぁもう如何しろと言う!
 どうして歩きたいんだ。
 こんなに暑いのに。わたしがこんなに暑がっているのに。

 「六なんかきらいだ!」

 「うるせぇな」

 「うるさくないよ、六なんか嫌いだ、ばーかばーか」

 イラッとした顔してるけどさ、怒ってんのはわたしだよ?

 「かき氷」

 「ん」

 「食わせてやろうか」

 「ホント?」

 食べ物で釣られるなんてガキだと思うんだけど、でも心はわくわくしてしまうのです!



 それから六に連れられて5分少々、ついにオアシス。
 しなびた様な駄菓子屋、古ぼけた木のイス。
 開けっ放しの硝子戸の外に蝉しぐれ。
 中は割と冷やっとしていて、わたしは繋いだ手をぎゅっと握った。
 数世紀も前からおばあちゃんだったような、そんなおばあちゃんがこれまた下駄をつっかけて出てくる。

 「何にしましょ」

 「かき氷ふたつ」

 六は手前のイスを引いて座った。わたしもそうする。

 「お嬢さん、シロップはどれがいいかしら」

 おばあちゃんはわたしのこといくつだと思ってるんだろう。

 「檸檬

 真っ黄色のシロップを見てじわりと唾液が溢れた。

 「お兄さんは」

 「俺ァみぞれで好い」

 「はいはい」

 おばあちゃんの下駄の音が一度奥へ引っ込む。
 わたしはぼうっと硝子窓の外を見ている。
 こんな場所がこの街にあったの?
 隣の家では木桶に木の柄杓で打ち水をしている。
 まるでタイムトリップした様な気分だ。

 がりがりがりがり、しゃわしゃわしゃわ

 氷の削れる音がする。
 淡雪のようなかき氷。
 おばあちゃんはおっきな氷からかき氷を作る。
 魔法みたいだ。おばあちゃんの魔法。

 「はい、お待たせ」

 かき氷ふたつ。
 六の注文どおりにかき氷が出てきた。
 おばあちゃんはまた店の奥でテレビを観ている。
 遠くからテレビの声。
  ねぇおくさん、だんなにはやさしくしてあげなきゃねぇ、(観客の笑い声)
 多分おばあちゃんは話の半分も聞いていない。

 六は氷削っただけのみぞれをしゃりしゃりと食む。
 わたしもそうする。

 「おいしい」

 かき氷なんて夏祭りのときですら食べなかったもの。
 ウソのレモン味がなんだか切なくて、冷たくて、

 「冷たい」

 口をついた。
 おなかにずしんと、きゅんとする。

 「六」

 「何だ」

 六はもうかき氷を平らげてしまった。

 「さっき嫌いって言ったけどやっぱウソだ」

 「分かってんよ」

 「ごめん」

 自責。呵責。

  しゃり、しゃり、しゃり

 言いながら氷が砕けていく。

 「分かってんよ」



 店の外は、さっきとは別世界みたいに暑かった。
 なんだか蒸し暑かった。

 「一雨、くる」

 ぽつりと六が言う。

 「あめ?」

 雨なんて降るの。
 あんなに晴れてるのに。

  ぽつ  ぽつ

 ほんとだ。
 夕立。
 だんだん激しく打ち付けてくる。
 私は目を瞑った。
 雨が目に入ったら、泣いてしまう。

 「傘持ってきて正解だったろ」

 あ。
 赤い傘。
 六の傘だ。

 にやりとしながらあたしに差しかけてくれた。

 悪くない午後の散歩。
 笑ってしまった。












 (檸檬夕立/060818)



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送