極卒には、きっとわたしは見えていない。
 只管独りでぶつぶつと呟いて、血みどろの戦争に黒のポーンを投げる。

 「戦争とは―、」

 独り演説。
 わたしは白黒市松の気色悪い床を見ている。

 「チェスより面白く―、」

 
 足。足。足足足

 「黒蜜より耽美だ―。」

 聞かない。何も。
 極卒の声は耳を塞いでも何時までも脳内で鈴のように鳴り響くから、
 わたしは、
 眼を塞いでやることにした。



 「何をしてゐるのだ?」

 答えない。

 「ほう・・面白いことをするな」

 嗚呼。
 きっと笑っている。
 でもわたしは聞こえないふりをして、黙々と自分の眼を覆う。
 ぐるりぐるりと、真っ黒な布で眼を覆う。
 見えなくなる世界。
 それでも構わない。

 「何故さうするのだ?」

 黙ったままで居る。

 「答える気が無いのか?」

 ぞくりと背中が寒くなる。
 極卒が真っ直ぐわたしを見ている。怖い。

 「なら僕も策を講じねば為るまいな」

 極卒の、硬い靴音が遠ざかっていく。
 わたしはただ、ビロードの黒椅子の上で目を塞いでいる。
 こうして視覚を塞ぐと、見えないものが"見えて"くる。
 風の流れる音。冷やりとした床の感触。火薬と血の香り。

 こつり こつり

 極卒が戻って来た。

 「やあ。」

 名前を呼ばれてまた寒気がした。
 最後に名前を呼ばれたのは、そう

 最初に出会った日、刃を向けられた時だった。

 「如何しても僕と会話する気が無いのだね?」

 ひやり。
 口元を押えられている。

 「声を無くしたカナリヤは―、」

 歌う様に、

 「如何すれば好い?」

 わたしに尋ねる。

 カチリ、と金属の音がした。

 「ほぅら・・刃はお前の眼球を見てゐるぞ」

 尖ったものの気配。
 冗談じゃない。

 右目の先にナイフの先端を感じながらわたしは恐怖に沈黙している。

 「此の儘右目を貫かれて好いか?」

 黒い布をがりり、がりりとナイフが掻く。

 「其れとも、声を出してみるか?」

 一閃。
 ナイフは器用に布だけを切り裂いた。
 ばたりと、音もせず床に落ちる。

 「さあ如何なのだ、?」

 にこりと笑った極卒が其処に居た。
 ナイフはまたわたしの眼球を指している。
 戻ってきた視覚。見えている世界。

 「お前も死にたいか?」

 わたしの口元を押えている極卒の手は石膏のように生気がない。
 声を出さねば。
 わたしは何と云うこともなく殺されるだろう。
 しかしわたしの喉は何も言わない。
 頭の中で砂嵐がざりざりと呻いている。

 「さあ」

 極卒が笑う、歪む。
 ナイフが突き刺すその瞬間が近くまで迫っている。
 動け。
 動け。

 わたしの右手が極卒の左手をとった。
 極卒はにこりとする。

 「何だ?」

 「可厭」

 しっかりしろ、わたし。
 死ぬな。神経が死んだら困る。

 「何がだ?」

 「死なない」

 それだけ言って、わたしの周りの景色が消えた。
 恐怖で死ぬくらいなら、やはりあなたのナイフに突き殺されれば好かったのに。
 次に目が覚めるまで、わたしは、眠ることにした。











 (殺されるくらいなら自分で死んでやる!/060918)


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